留学-体験談ー中村賢拓-BoiseのDowntownは閑散

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アメリカ合衆国アイダホ州GSAA高校卒業。

州都Boiseのdowntownは閑散として、何にもなかった。えらいいところに来てしまった、が実感。 アイダホはポテトで有名はうそ。これは日本でしか通じない。

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Golf と私


私が当地へ来たのはESLの授業もあったので、6月末だった。気候も良く、又日本人お仲間もいて安心していた。9月の正規授業が始まってからが大変だった。11月二は雪が降った。12月には、blizzardで一歩も寮

から出られない日が続いた。 おまけに、さっぱり英語がわからない。聴けない、授業に付いて行けない、先生が何を言っているのかわからない。だから、不満がたまっていた。そんな時、ゴルフのクラブの素振りをした。日本を出るとき、父は「後で送る」と言っていた。でも、僕は一緒に持ってきた。これが役立った。頭をからっぽにして見えない球を打ち続けた。汗が噴き出た、それでもやめない、一心にクラブを振った。その後、必ず、爽快感がやってきた。これが良かった。英語で打ちのめされた僕をいやしてくれた。私はこれを続けた。11月から翌年の春までずっと続けた。

二年目、三年目もこの素振りを続けた。ACTとSATの英語を勉強していたとき、単語やフレーズを暗記するのにその言葉を心の中で呟きながら素振りをした。 SATのスコアは、Math 700, Reasoning 300, Writing 400で1400点になった。1001k




363バスケットボールが盛ん・・・ バスツアーで敵地へ


僕は、又、Basket部に所属していたので、一か月に一回は試合の為、近くの町の試合会場まで、メンバーと一緒にスクールバスで行った。 試合はいつも五分五分の勝敗だったが、一番印象的なのは、Wild Wolf(同じクリスチャン系列の高校 Lake City Academy のチーム名)との試合。 その試合内容は一進一退で、予断を許さない状況だった。僕は、時間ぎりぎりで、ラインを割りそうになったボールをジャンプして取っ手振り返り様どのボールを仲間にパス。そして、それが決勝ゴールとなったからだ。あの時はチーム名違皆興奮しアメリカ人の仲間になれたと感じた。又、このような遠征からの帰り、僕バスの後ろに乗り、後ろへ後ろへと流れていく街や森や畑の景色が忘れられない。


卒業後、Californiaに移動


現在、Californiaの Foothill College (4年制の大学へのTransferable course ) に登録することが出来た。アイダホよりずっと都会だ。 でも、僕を励ましてくれたアイダホは一生の思い出になるだろう。

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