留学―体験談―狩田美和



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狩田美和さん         

ミネソタ州クリスチャン系M高校に留学。

「自分を変える」という自覚で私は変わった。気持ち次第。

TOEFL-iBT 82でネブラスカ州の大学入学。


早朝の授業―遅刻するな!ハロウィーンの準備


日本では中高一貫校に通っていたが、高校一年の春、留学を考えるようになった。高校の担任と校長先生は、「このまま成績優秀で行けば国立大学にも入れるのに、どうして今、留学なの?」とたたみ掛けるように反対してきた。私は、なかなかその理由を説明できずにいたが、両親は、私の決心が堅いことから、その面談の後、あっさり「そのようにしなさい」と言ってくれた。そして、ミネソタ州のクリスチャン系M高校に入学し、何とか卒業。今は、ネブラスカ州のクリスチャン系の大学に通っている。

教師に助けてもらった授業中はリラックス



留学の初めのころ-ルームメイトに涙を見られぬように毛布をかぶった

留学の初めのころ、寮生活をはじめたとき、毎日、夕方になると、いま、日本は何時ころか?と時計を見ながら14時間 (時差が14時間)逆算し、日本での日々を思い出すのが日課となっていた。いつもさびしかった。 ルームメイト (アメリカ人)に涙を見られないように、疲れたふりをして毛布をかぶってベッドに横になった。そのときに、自分のやってきた事をいろいろと考えた。「こんな田舎へ来て、どうしたらよいのだろうか。 牧場が見える広い土地、白と茶色の牛が遠くに点々と見えている。こんなところで過ごして、このままでは自分はもたない。どうしたらよいのか?」全く明るくは考えられなかった。

列を乱すなroommateは一生の友清掃は自分たちでやる



牧場、茶と白の牛がいつも見える生活、これでいいのか?

二カ月後、大分寒くなってきた頃だった。 「牧場が、牛が、毎日、高校から見える、この生活でよいのか? 続けられるのか?」 この時が私のギリギリの時だった。 母に言おう、もう耐えられない、と。 それで、母に電話をした。 だいぶ待たされたが、廊下を走ってきた音が聞こえた、「みっちゃん。元気?」母の元気な声が聞えた。 母は息が少し切れていた。「大分寒くなったでしょうね。 母さん期待してるんだ。 あなたが、変わって、帰ってくるのを。」

私は考えた。「『変わって』ってどういう意味? 母は私に何を期待しているのか?」 その時、私は言い出せなかった。「もう留学をやめて日本へ帰りたい」とは言えなかった。

それで、母は、私が何が言いたいのかよく分からなかったのだろう、「あら,何か、特別用事があったんじゃない?」と言ってきた。 それに対して、私は「別に、ちょっと声が聞きたくなっただけ」と答えて話を終わりにした。

old picture-13皆の笑顔が一番卒業生は誇りだ



私は変わった!

電話を切ってから、私は考えた。「自分の周りが変わらないのだから、自分を変えるしかない。周りは変わらないものだと固く考えてしまっていた。 でも、自分が変われば周りも変わる。自分の周りを見る目や視点が変わるからだ。そうすれば周りも変わる。」 そんな風に、自分を「変えるべき」だと考えた。そうしたら、すっと気持ちが軽くなった。 こんなにも変わるものかと、自分でも驚いた。自分自身を変えればよいのだ。 少し長くなったが、このように考え方を変えて、そして、私は立ち直った。ルームメイトからも「 You’ve changed, Miwa.  You look so great!  Why?」それから3年間、私は必死で英語に取り組んだ。TOEFL-iBT 82になった。 そして、英語力不足の生徒用の英語コースを取ることなく大学へ進むことが出来た。それでも、弱い私の支えとなっていたのは、「夏休みには日本へ帰れる。日本にもどれば家族に会える」でした。 この点では、まだまだ「弱い」と思っている。


少しは逞しくなったか?

今は、少し強くなったのだろうか、アメリカに住むようになろうと、日本にもどろうと、どちらでも構わないという気になっている。少しは、たくましくなったか?


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