留学―体験談―佐藤圭吾


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英吾が聴けたー驚き!佐藤圭吾君

アメリカ合衆国ミネソタ州HutchinsonにあるM高校

これが国際派!風邪の熱が下がった朝、英語が全部聞えるようになった。

日本史は世界史の一部、教師顔負けの知識を披露。


日本の受験校に入学 - これでよいのか?

首都圏でも有数の受験校、S中学高等学校に入学した。 しかし、高校一年の時、思うところあってアメリカ高校留学を決意。そこで、フレンドシップを両親と一緒に訪ねた。 カウンセラーは男の人だった。「受験勉強にも耐えてきた」ということで、ミネソタ州のクリスチャン系M高校を推薦された。ずっと後で言われたことだが、「派手ではないが地道に勉強する佐藤君に合っている」と判断した、とのことだった。


毎日が忙しいー留学生活ミネソタ州、寮制、男女共学、全部初めて

9月の新学期から渡米。 男女共学で、寮制の高校だった。 授業が終了するのが大体、午後3時。 寮に戻っても、当たり前のことだが、英語、英語の生活だった。 寮の中の生活は忙しい。部屋をかたず桁里、コインランドリーで選択楚したり、も意の周りのことをする。そうすると、5時を過ぎてしまい、もう職位の時間。Cafeteriaに行きみなと食事。 終了して戻ると、寮の中でミーテイング。(多分、クリスチャンの高校なので、しょっちゅうミーテイングがある) 終了すると、Study Hour. つまり、宿題や予習復習をする時間というわけ。8時半、再びミーテイング。10時には消灯が告げられる。11時まで起きている生徒は申し出て、許可をもらわなければならない。


熱が下がったある朝、突然、英語が聴けるようになった。

でも、そのような生活のおかげで半年後、忘れられないことを経験した。

それは、翌年の4月だったと思うが、風邪で寝ていてやっとベッドから起き上がった日の朝だった。 それまで雑音にしか聞こえなかった人の話す英語が、寮長の低音の声、Mikeのよく通る声、寮長の子どもの特有の甲高い声、それが全部、すっきりと聞えて来たのだ。病み上がりの「ぼーっ」とした頭だったが、それは僕にとって強烈な印象だった。英語が聴けるようになったのだ。それまでは、話されても半分わかればよかった。 体育館やホールのような広いところで集会や表彰式の話をされても雑音にしか聞こえなかった。 それが、100%ではないが、少なくとも90%以上、分かるようになった。 こんなことこれまでになかった。 嬉しかった。 それからは、僕の生活は画期的に変わった。 それからは、英語で困ることはなくなった。 だから、これから留学する後輩に言いたい。 特に、なかなか英語が上達しないと感じている人に言いたいのだが、英語は突然、聞えるようになる、ということだ。 僕の経験からすると。 だから、あきらめないでほしい。 努力していれば必ず上達する、僕が保証する。


会話が弾む―カフェテリアで世界史の授業 - 日本の歴史はKeigo が教える!

世界史 World Historyの授業。 課題は「日本の明治時代」の近代史だった。 誰かが「Keigo (圭吾)teaches us!」と言った。 この冗談には教師のMr. Bredanも苦笑した。 僕も笑ってしまった。

「日本史を、僕が、教える!」 Mr. Bredanは心の大きな人で、あの独特の両手を上げるポーズをしていた。顔は笑っていた。 これも私の思い出となった。


僕の進路

大学についてだが、僕の家は料理店をしているので、大学はロードアイランド州にあるJW大学にするつもりだ。 高校で大学入試の説明会があった。 JW大学の入試担当の人もやってきて、その人と話をした。それで、決めた。スイスの大学とJW大学は提携しているので、スイスでも勉強できるとのことだった。 それで、決心した。




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