体験談ーA.K.さん

体験談―AK-英語がうまくならないA. K. さん

オーストラリア、Brisbane地域にある高校


留学しても英語がうまくならない。 どうして? 勇気を出してJudyに頼んだわけ。


広いキャンパスにびっくり!

Brisbane郊外地域にある高校で、高校の敷地が広い。 プールやどんなスポーツでもできるグランドはもちろんのこと、8ホールのゴルフ場もあるので驚いた。オリンピック級のプール

スポーツは、ラグビーはもとよりサッカー、クリケットなど何でも盛ん。 女性ではホッケイが一番のようだ。 緑の芝生で大声を出してステイックを振り回している生徒の姿が浮かぶ。 自分も仲間に入ってやれていれば、と今では思う。 選手として試合に出るまでには相当の鍛錬が必要だが、英語ができない自分には練習をしてうまくなる自信がなかった。


とにかく英語

勉強の方は最初、英語ができないということで甘くしてもらっていた。でも、2nd Term (4月から6月まで)に入ると厳しくなった。 しばしば、国際学級の仲間だけではなく、オーストラリア人の友人や先生にも相談に行ったこともあった。 それでも、隠さずに言うが、英語がわからないので、そのとき質問をして話をして分かったのは半分くらい。 そこには、“Yes, Yes.” と分からないのに言ってしまっている自分がいた。 従って、あとは、家に戻り課題に取り組みながら再度、いろいろと考えた。 とにかく、英語の授業がきつかった。 ESOL(英語ができない外国人の為の英語)と普通のEnglishとがあるが、ESOLもATARの科目として認定されているので、特にLevel 3は、とにかくむずかしかった。


私の英語を直さない先生、なぜ?

私が一番感じたことは、留学していても「黙っていては英語は、絶対にうまくならない」いということ。

というのは、どの先生も、Englishの担任の先生を除けば、直接「あなたの英語は間違っている」と言って直してはくれないということ。 どうして直してくれないのか、私なりに考えた。 その結果はこうだ。 「日本から来ているのだから大変ね」「留学が終了すれば日本に帰るのだから」と考えて、先生も友人も間違った私の英語を直してはくれないということ。 このことを親しくなったオーストラリア人の友人 Judy に打ち明けてみた。 「私が英語でうまくなりたいこと」「私の英語を直してほしいこと」を強く頼んだ。 この為かどうかはわからないが、私はだんだんと英語に自信が持てるようになった。


自作の詩がほめられた

Communication 11の授業でpoemを発表する課題が与えられた。 私は、自分の心の寂しさとその心の寂しさが自分の未来を作る、ということを詩に書いた。 それが、担当の先生からほめられた。その時は一番うれしかった。 少なくとも、文法上のミスはなかったと自負している。


すし、てんぷら、そばが頭から離れない

ホストファミリーは、最初、御主人が歯医者の家族だった。半年後、家を引っ越すという理由で他のファミリーに替わった。このファミリーはトルコ系の人たちで、30年前にカナダへ移民してきたとのこと。 英語は上手で、良い人たちだった。 食事は辛い料理が多く、目をつぶって飲み込んだこともしばしばあった。 だから、ベッドに入っても、日本の寿司、天丼、そばが頭の中に浮かんできて眠れなかったこともあった。 それを悟ったのだろうか、ホストマザーは「嫌いなら食べなくてもよい」と言ってくれた。私はほっとした。 でも、そのことをほかの友人に話したところ、嫌いなら嫌いとはっきりというべきよ、とのことだった。 でもそういう勇気がなかなかわいてこないのも現実。

遠慮せずに言えるようになったなら私も一人前だろう。でも今は、まだ言えない。