体験談―高木真理恵

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高木麻里絵さん

ニュージーランド、Palmerston Northにある高校。


音楽会でのピアノ演奏が私を変えた。

「カップめん」から学んだこと

old picture-9高木麻里絵

私はピアノですくわれた。

私はピアノが弾けたので、留学先の高校での演奏会がMusic Hall であったので、それにピアノ演奏で参加させてもらいました。留学してすぐに、少しいじめにあっていたのですが、音楽の先生の Mrs. Henderson に相談したところ、「演奏会に出てみては」と誘われ、また「友人もできるのでは」とも言われたので参加できるようになったのです。 それから私は変わりました。音楽を通して友人もできました。


私の発見ー音楽は自分で作るもの

私には発見がありました。 現地の生徒が、ヴァイオリンでもピアノでも、なにか演奏するそのやり方が、私が日本でやってきたのとはまるで違っているのです。どんなに音程が外れても、どんなにメロデイーがおかしくなっても、自分の演奏が終了すると、必ず、満面の笑みを顔に浮かべて聴いている人から拍手をおねだりします。これには私もびっくりしました。 少しでも間違ったなら、私だったら、恥ずかしくて、一刻も早く演壇を降りようとしたはず。 日本の場合、先生から教わった通り、楽譜(がくふ)に忠実に弾けて、先ず自分自身が満足します。そして聴衆から拍手をもらおうとします。 私には、この日本で慣れてきたやり方が「受け身」の演奏だったとつくづく感じました。 それに比べて、このニュージーランドの仲間たちは何とおおらかなのでしょう。 はっきり言って、明らかにリズムや音程も外れ、指も動かないで、音楽になっていないのに。 これは「考え方」が違うのだ、とつくづく感じました。 へたでも自分の音楽をつくkる、そして皆の前で自分のその音楽を出し切る、ということなのだと、私は理解しました。 こんなことを、わざわざ書くとおかしいとは思いましたが、これが私の留学で一番衝撃的なことだったのであえて、書きました。

演奏前の静寂練習が終わって




私はメンタルな面で強くなった。

どちらかというと、それまで地元の生徒の「こころ」を理解できないでいた私に、この体験は衝撃的で、これを機に、大分、積極的に地元の生徒と接することができるようになり、メンタルな面で楽になりました。 ピアノのレッスンは週2回、高校の指導ブースに地元の音楽家の方が来てくれて、続けることが出来ました。

ホストファミリーは、夫婦どちらも学校の先生で、しつけがとても厳しい家庭でした。早寝早起きは当たりまえ。 料理はインド料理が好きで、何にでもカレー粉が入っていました。慣れてしまってからは美味しく食べられるようになりました。

NZ-授業風景NZ-写真



カップめんと生たまご

ひとつ失敗談があります。それは、日本から送ってもらったカップめんを食べた時です。私はいっそうおいしく食べようと思い、カップめんの口を切って、その中に冷蔵庫から取り出した「生たまご」を割って入れ、そして熱湯を注いだのです。それを見ていたホストマザー。“Crazy!”と言ったのです。

そんな食べ方は気持ちが悪く見たことがない、とのことでした。それ以来、私は、カップめんに生たまごを入れるのをやめました。 とても、おいしいはずなのに。 「カップめんと生たまご」、私にとっては当たり前のことなのですが、生活習慣の違う人々にとってそれはチョー奇妙に映ったのでしょう。 私は、この「カップめんと生たまご」からもいろいろと考えさせられました。

留学しなければこんな経験はなかったはずですし、とにかく衝撃的なことばかりでした。

カップめんと生卵kayakking―水は冷たい



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